http://www.ndl.go.jp/jp/data/pub
http://p218.pctrans.mobile.yahoo-net.jp/fweb/0504ZRsUty5QzvWb/a?_jig_=http%3A%2F%2Fwww.ndl.go.jp%2Fjp%2Fdata%2Fpublication%2Frefer%2F200510_657%2F065702.pdf&_jig_keyword_=%C3%DB%D8%BD%DE%D1&guid=on&_jig_xargs_=R
はじめに
2001年9月11日、 米国で発生した同時多発テロリズムにより、 3000名以上の人たちが死亡した事件は、 世界に衝撃を与えた。 また、 2005年7月7日、 英国の首都ロンドンにおいて、 地下鉄、 バスという公共輸送システムを爆破する同時多発テロリズムが発生した。 この日は、 同国のグレンイーグルズで行われる主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)の開催日にあたったため、 サミット開催を狙ったテロリズムではないかと解釈され、 世界の注目を集めた。
同サミットの事前に用意されたメインテーマは、 アフリカ支援、 地球温暖化対策の二つであったが、事件の発生により、 テロリズム対策も緊急のテーマとなった。
同会議は、 7月8日の閉幕に際し、テロ行為を非難し、 国際的な団結と対策の強化等を内容とする 「テロリズム対策に関するG8首脳声明」 を採択して終了した。
その後、 ロンドンでは、 同年7月21日にも、 地下鉄で同時多発テロリズムが発生している。
ある国際法学者によれば、 現在確立されている国際法の用語の中には、 上記のようなテロリズムを表現する適宜な用語は存在しないという(1)。
また、 今回の爆破事件にしても、 これまでテロリズムとされてきたハイジャックや人質事件にしても、 各国の刑法等に基づいて、 法的に規制することが可能な犯罪であるといわれている。
今回、 ロンドンで発生した爆破事件のような行為を禁止するために、 諸外国において新たな法律を制定することは特に必要ではなく、 現行の法律でも対策が可能な部分が多いともいわれてレファレンス 2005.1038
目 次
はじめに
? テロリズムの意味の変遷
1 フランス革命まで
2 19世紀以降
3 国際連盟の試み
4 国家テロリズムの形態の変容
5 新テロリズム
? 諸外国等におけるテロリズムの定義
1 米国
2 英国
3 EU
4 フランス
5 ドイツ
6 日本
? テロリズムの定義をめぐる問題
1 テロリズムと刑法犯との区別
2 テロリズムと戦争法規
? 国際法におけるテロリズムの定義
1 国連によるテロリズムの定義
2 国際法レベルでテロリズムの定義が必要な理由
おわりに
テロリズムの定義
国際犯罪化への試み
清水隆雄
Gilbert Guillaume, "Terrorism and International Law", International & Comparative Law Quarterly,vol.53, part3 (July 2004), p.537.
その理由は、 テロリズムとして類型化され列挙された犯罪と刑法等の既存の法律に定められた犯罪との違いが明確でないからだといわれている。
また、 戦争とテロリズムとの区別の問題も判然としない。
戦争は、 それに関わる人たちに極度の恐怖を与える。
さらに、 過去において行われた事例を見ると、 軍隊は、 占領した都市において略奪を行い、 非武装の者に対し暴力を行使するなど、 占領地の住民に恐怖を与えることもある。
一般に、 恐怖はテロリズムの構成要件の内の一つといわれているため、 戦争とテロリズムは、 一部に重なる部分があるということになる。
仮に、 戦争とテロリズムが違うものならば、戦争とテロリズムとの間にどのように線を引いたらよいのだろうか。
上記のような問題が発生する一つの原因は、テロリズムとは何かという普遍的な定義ができていないためであるといわれる。
テロリズムと刑法等、 テロリズムと戦争との境界がどこにあるのか判然としない。
一体、 テロリズムとは何か。
テロリズムを法律でどのように定義づけたらよいのか等の問題が残る。
一般に、 テロリズムは、 国際的に共通な価値を危うくするといわれており、 これに国際的に共同で対処する必要がある。
そのためには、 テロリズムを国際犯罪化して国際的な規制を行うことが有効と考えられる。
国際犯罪化するためには、 罪刑法定主義の観点から、 どのようなものをテロリズムと称したらよいのか確定すること、 すなわち普遍的なテロリズムの定義が必要になる。
本稿の目的は、 テロリズムの定義およびテロリズムの国際犯罪化に関わる主要な論点について、 法的な面を中心に検討することである。
なお、 本稿で使用する 「テロリズム」 という用語は、 政治的等の目的性をもって暴力行為を行うことを意味する。
? テロリズムの意味の変遷
1 フランス革命まで
テロリズムという言葉は、 語源上、 明らかに「恐怖 (=terror)」 という言葉と関連している。
一般的に言って、 terrorは、 極度の恐怖を指す言葉である。 かつて、 この言葉は、 未知のもので、 あらかじめ知ることが出来ないような、漠然とした脅威を指し示す言葉であった。
恐怖の実態が、 漠然としていてよくわからないため、かえって恐怖が増すともいえる。
したがって、terrorの対象となるものは、 人為的なものに限られなかった。
このため、 18世紀のフランス革命以前までの terrorとは、 火山の爆発や地震などの、 何時起るか分からない自然現象もその範ちゅうに含まれていた(2)。
しかしながら、 18世紀終盤に発生したフランス革命時から、 terrorの意味が変化した。
フランス革命時、 フランス市民の間には、 イギリス、 オランダ、 オーストリア、 スペインなどの外国からの侵攻の危険および国内での動乱に巻き込まれる危険という二つの危険に対する恐怖があった。
1793年8月、 国民公会は、 外国からの侵攻を防ぐため、 国民総動員令を発し、 さらに、 同年10月には外国からの侵攻および王室、貴族から革命政権を守るため、 「恐怖政治」 を行う旨、 宣言した(3)。
恐怖政治を実施したのは、 1793年4月、 国民公会によって設立された公安委員会である。
公安委員会では、 ロベスピエールが権力を握り、「徳と恐怖」 を唱えて独裁政治を行った。
ロベスピエールは次のようにいう。
「徳なき恐怖は罪悪であり、 恐怖なき徳は無レファレンス 2005.10 39Ibid., p.537.チャールズ・タウンゼント、 宮坂直史訳・解説 『テロリズム』 (1冊でわかる) 岩波書店, 2003, pp.47-51. (原書名:Charles Townshend, TERRORISM:A Very Short Introduction.2002.)レファレンス 平成17年10月号力である。 恐怖は迅速、 峻厳、 不屈の正義に他ならず、 徳性の発現である。 それは特殊原則というより、 祖国緊急の必要に適用された民主主義の帰結である(4)。」
恐怖政治によって、 1793年3月から1794年7月までの間に処刑されたものの数は、 パリだけでも2627名に上った。
しかし1794年7月、 ロベスピエールは、 対立派によって、 死刑を執行された。
この時代の政治を恐怖政治 (regime dela terreur) という。
公安委員会は、 「テロリスト」 という言葉を、史上初めて政治的語彙にした。
また、 国民公会は、 ロベスピエールを非難する言葉の中で、「国家による恐怖の利用」 を意味する用語として、 はじめて 「テロリズム」 という言葉を用いた(5)。
また、 1798年、 アカデミー・フランセーズは、 初めて、 テロリズムを 「恐怖のシステム、体制」 と辞書の中で定義づけた(6)。
すなわち、 この時代においては、 テロリズムとは、 公安委員会、 すなわち国家 (国家の一組織) が、 反対派をおびえさせる効果を持つ物理的な強制を行うことを意味する言葉であったといえるであろう。
2 19世紀以降
19世紀に入ると、 テロリズムの意味は、 再び変化する。
ロシアにおいて、 ツアーリによる恐怖政治だけではなく、 ナロードニキ 「人民の意志党」 による政治的な暗殺もまた、 テロリズムと呼ばれるようになった。
つまり、 テロリズムとは、 国家による物理的な強制を指すだけではなく、 国家に敵対する人民による殺人等も同様にテロリズムと呼ばれるようになったのである。
その後、 次第に、 皇帝、 王、 大統領、 将軍等の政府の要人に対する攻撃も増大していく。
1894年には、 イタリア人無政府主義者が、 フランスのサジ・カルノー大統領を刺殺、 1901年には、 米国人無政府主義者がマッキンリー米国大統領を暗殺、 1914年にはセルビア人の青年がオーストリア皇太子を射殺し、 この事件が第一次世界大戦勃発のきっかけとなるというような事件等が多発している。
このように、 テロリズムは、 国家による反対派への抑圧、 国家に敵対する人民による反抗という二つの形態を持つことになり、 これらの形態は20世紀まで継続する。
3 国際連盟の試み
1934年、 ユーゴスラビアでアレキサンドル国王が暗殺された後、 同年12月、 国際連盟は、 次のような決議を採択した。
「政治的目的を持ったいかなるテロ行為も、自国領域でこれを促したり許可したりしてはならないことがすべての国の義務である(7)」
その後、 国際連盟は、 このような一般人民の国家に対する暴力的な行為に対処するため、 暗殺のような形態のテロリストの行為を防止し鎮圧するための委員会を設置し、 テロ対策の検討を行った。
1937年には、 国際連盟の 「テロリズム防止及び処罰に関する会議」 が開催された。
そこでは、テロリズムとは、 以下のようなものとされている。
「?計画的または意図的な行為であり、 ?恐怖を引き起こす目的 (主要な標的の中に恐怖の状態を創設する意図)を持ち、 ?たとえば、 国家の指導者、 その家族、 公務員など一連の有効な標的に対し、 死もしくは重大な肉体的損傷を与え、又は自由を奪い、 ?有効な標的である公的な財産に損害を与え、 又は破壊を行い、 ?一般大衆レファレンス 2005.1040 小井高志 『世界を創った人々 22 ロベスピエール』 平凡社, 1979, p.54.Guillance, op.cit., p.538.タウンゼント 前掲書, p.47.小倉利丸 「自衛という欺瞞について」 『現代思想』 31, 2003.3, p.124.の生活を危険にさらすことを意図する行為(8)」
しかし、 この定義を、 条約に組み込むことはできなかった。
その理由は、 それぞれの国が、テロリズムの定義に縛られることに抵抗していたからである。
例えば、 英国内務省は 「(条約を締結すれば)政治的自由を得るために、 海外で抑圧された少数派の反乱を支援したり援助したりする同調者が、 純粋に平和的手段以外のものを行使したとき、 われわれは、 条約により、 これを罰しなければならなくなるということが確信としてあった(9)」 という反対理由を述べている。
4 国家テロリズムの形態の変容
近年、 国家テロリズムの形態が次のように変化してきている。
国家テロリズムは、 以下に掲げるように、 フランス革命当時、 国家の一機関が行ったテロリズムやロシアのツアーリが行ったものと同様の形態のものもまだ存在するが、 それ以外にも、様々な形態のものが現れてきた。
フランス革命等と形態が類似している国家機関テロリズムの近年の例としては、 1985年のフランス軍将校によるレインボウ・ウォリヤー号爆破事件などがある。
また、 1986年の米軍によるリビア攻撃(10) や2001年のアフガニスタン攻撃等を指して、 これを国家テロリズムという者もある(11)。
新しい形態の国家テロリズムとしては、 まず、国家支援テロリズムがある。
これは、 国家が、私人や団体に資金・武器・聖域などを与えて支援するテロリズムのことで、 1979年、 イランで発生した米国大使館占拠事件、 1983年、 ベイルートの米国大使館自爆攻撃事件などが国家支援テロリズムにあたるといわれている。
また、 国家指令テロリズムという概念もある。
これは、 私人や組織が国家に指令されて行うテロリズムをいう。 例として、 1981年のブルガリアの指令によるローマ法王暗殺未遂事件が挙げられる(12)。
5 新テロリズム
9.11同時多発テロリズムの後、 テロリズムの意味は大きな変化を見せた変化の兆しは、 1980年代から見えていたが、特に9.11同時多発テロリズム以降、 大きく変化し、 最近では 「新テロリズム」 とよばれるようになっている。
新テロリズムは、 これまでの伝統的なテロリズムから、 次のように様変わりしている。
変化の第一は、 テロリズムの標的である。
これまでは、 皇帝や国王等の要人が多かったが、現在では目標を特定しない無差別テロリズムが増加している。
1983年のベイルートの米国大使館自爆攻撃事件により、 63人が死亡して以降、自爆行為によって多くの人々を殺傷するケースが増えている。
かつて、 テロリストは、 無関係の人々の命が失われるのを防ぐため、 攻撃を中止することもあった。
無差別殺人は不道徳であり、 政治的にも得策ではないと考えられていた
レファレンス 2005.10テロリズムの定義
41 Jordan P.Paust. "Private measures of sanction", Legal aspect of International Terrorism, Lexington:Lexington books, 1978, p.15. Ibid., p.16.
米国は、 米国を対象としたベルリンのディスコ爆破事件等にリビア政府が関与しているとして、 「自衛権の行使と将来のテロ事件の防止」 を理由に軍事力を行使している。
アメリカ政府は、 1983年のベイルート米海兵隊司令部爆破事件以降、 従来、 国際テロリズムを犯罪と見なしていた方針を転換し、 国際テロリズムを低強度紛争(Low -Intensity Conflict) と見なし、 軍事力により積極的に対処する方針に政策転換している。 (国際法学会『国際関係法辞典』 三省堂, 2001, pp.569-570.)
松葉祥一 「国家テロリズムあるいはアメリカについて」 『現代思想』 31, 2003.3, p.74.
国際法学会 前掲書, p.570.
からである。
しかし、 現在では、 無差別テロリズムが隆盛を極めている。
変化の第二は、 テロリズムの動機である。
かつては、 革命家や無政府主義者が政府の転覆等を目指していたが、 現在、 アルカイダの行動原理は、 イスラム教のジハード (聖戦) の思想であり、 目的は主としてイスラムの信仰を守ることであると見られる。
また、 アルカイダをテロリズムにかりたてているのは従来、 数多く見られた貧困を動機とするものではない。
イスラム過激派の指導者の多くは、 生活の安定した中流階級が多いといわれている。
中には、 ウサマ・ビンラディンのように裕福な家庭の出身者もいる。
これらのテロリズムは、 政治的な日程に従って実施されることがあり、 銃や爆弾を装備した組織に支えられ、 新しいテロリズムの形を増大させている。
伝統的な武器による暗殺、 爆弾による標的の破壊、 航空機のハイジャック、 人質行為、 誘拐等は、 近い将来には、 核兵器、 生物兵器、 化学兵器 (いわゆる 「ABC兵器」) に取って代わられるのではないかといわれている。